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【平成最後の昭和の日】大正駅には行けなかったけど、明治のチョコを食べながら、江戸時代の教育について振り返ってみた。

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この記事では、江戸時代の教育を振り返ってみたいと思います。

 

前回の記事でも書きましたが、日本の教育は明治から平成までは根本的に変わっていません。

(前回の記事→学校(令和に残った化石) ITリテラシー・お金のリテラシーは親がするべき!

 

江戸時代の社会システムについては、落合陽一さんの『日本再興戦略』をはじめとして、様々なところで見直されています。

 

 

識字率で世界トップクラスを誇っていた江戸時代を振り返ることで、令和の教育をより良くするにはどうすればいいかのヒントも見つかると思います。

 

 

 

身分は最高でも貧乏な武士、身分は最低でも金持ちな町人

 


 

 

江戸時代は、士農工商という厳格な身分社会でした。特に、支配階級である武士とそれ以外の庶民は厳格に区分されていました。

 

しかし、貧乏な武士も多く、一方で金持ちになった町人が多くいました。

 

実際、江戸時代の文化といえば、「元禄文化」や「化政文化」のように町人が中心となった文化です。

 

このように、身分が下の者たちが文化のど真ん中にいるというおもしろいことが起こっているのが江戸時代です。

 

 

武士が貧乏だった理由にお米で給料をもらっていたということがあります。

(なぜお米で給料をもらっていたのかは、儒教(朱子学)が強く影響しています。)

 

江戸時代は飢饉も多かったのですが全体的に見ると、お米の生産量が上がり、お米の価格は下がっていきました。

(原則的に供給量が増えれば、価格は下がりますよね。)

 

そのお米で給料をもらっていたので、実質的に給料が減っていくようなものです。

結果、貧乏な武士も多かったのです。

 

自分より下の身分の町人にお金を借りる武士もいました。

すると、ますます金持ちになる町人が増えました。

 

 

 

金持ちの町人が生まれた背景のひとつとして教育があります。

 

それでは、江戸時代の教育について振り返ってみましょう!

 

 

 

江戸時代の教育

 

 

 

繰り返しですが、江戸時代は厳格な身分社会で、教育も武士と庶民ではっきりと分けられていました。

 

教育機関は主に以下のように分かれていました。

・藩校

・寺子屋

・私塾

 

 

それぞれの特徴をみてみましょう!

 

 

藩校

 

 

 

 

最高身分の武士が学んだのが、藩校です。

 

武士は支配階級であり、その地位を保持するという意味からも学問を身に着けるべきとされました。

 

そのため、今風に言うと、リーダーシップ論や帝王学のようなものを学んでいました。

 

また、幕府の方針で正当な学問は儒学(特に朱子学)とされ、学びの中心となっていました。

 

一口には言えないですが、儒学は上下の関係を重んじたり、お金をいやしいものとしたりしています。

 

江戸時代の社会システムを維持するために、儒学を奨励した部分もあるわけです。

 

 

 

有名な藩校には以下のようなものがあります。

閑谷学校

弘道館

※閑谷学校は全国で初めて創設された藩校。

 

 

そして、これらの藩校の模範的な役割を果たしたのが幕府直轄の昌平坂学問所です。

 

 

 

 

寺子屋

 

 

 

一方、庶民が学んだのが、寺子屋です。

 

寺子屋で学習したのは、くらしに直結する「読み・書き・そろばん」です。

 

その他、裁縫などの技術も学んでいたようです。

 

ここでポイントとなるのが、寺子屋で行われていた教育が、くらしに直結するものであったことです。

 

藩校での東洋古典をはじめとした「崇高な学問」ではなく、実用的な学問でした。

 

商人などはそこで学んだことを、実生活で磨き、応用していった姿が想像できます。

 

つまり寺子屋は、自分のくらしのなかで使える実用性ある学びをするうえで、効率的な教育機関となっていたと思われます。

 

 

私塾

 

吉田松陰

 

 

私塾は、自分で選んだ先生につき、専門的な事柄を学ぶ場所です。

 

当初は、子弟の深い関係性から技や秘伝が伝授されていたわけですが、次第によりオープンな形になっていきました。

 

幕末の私塾は、自由に開設されており身分の区別もゆるく、武士も庶民もいっしょに学ぶことも多かったです。

 

ポイントは自由に塾を開設し、自分の技術や思想を伝える場を積極的に作っていった人がいることです。

 

そして、師匠について専門的に学ぶという教育の構造です。

 

これは、学びのモチベーションが相当高いと思います。

 

 

現在は大学において、一部このような教育がなされていますね。

 

しかし、少数と言わざるを得ず、高等学校以下であるとほぼない学びのスタイルです。

 

 

有名な私塾としては、以下のようなものがあります。

・松下村塾(吉田松陰)

・適塾(緒方洪庵)

※松下村塾は伊藤博文など、適塾は福沢諭吉などを輩出。

 

 

 

令和の教育に活かしたいところ

 

江戸時代の教育について振り返ってみました。

 

 

令和の教育に活かしたいのは次の点です。

・今の社会に実用的な学習

・師匠をもって学ぶ

 

 

江戸時代の町人(商人など)は、身分が低くても、金持ちになり、文化の中心となりました。

そこには、実用的な知識や技術を学び、実生活で応用した背景があります。

 

また、自ら師匠を選んで、学ぶスタイルは自分の夢を実現するための近道と言えます。

モチベーションも高く維持されるでしょう。

 

 

 

令和において、より良い教育を受けた人材がたくさん活躍する社会の実現に貢献できればと思います。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

こちらも参考に↓

投資教育を子どものために!学校では教えてくれない金融リテラシー

 

 

 

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